さながら(さなぎ)のようであった。
 内に秘めたさまざまに美しいものを、うすくか弱くみすぼらしい皮ひとつで覆い隠して、カムリは蹲っていた。
 なぜ彼がカムリというのかは知らない。ほんとうは別の名前があったようだが、とにかく彼はそう呼ばれていたし、ほんとうの名前を知る必要もなかった。カムリ自身も、それで一向に構わない様子であった。
 歳の頃は、十かそこらであったように思う。歳相応の顔つきであったけれど、薄汚れていて、髪はぼさぼさ、垢じみた手足にやせっぽちの体のせいで、もっと幼く見えた。わたしがなぜそんなカムリに目を止めたかというと、それは異様に光る目のせいであった。蹲って膝を抱え、ぎゅっと体に力を込めながら、目だけはいつも、隈なく辺りを見張っていた。カムリは何に怯えていたのだろう。いや、怯えていたのではないかもしれない。怯えていたにしては、カムリの光は強かった。何かを探していたのだろうか。そうかもしれない。絶え間なく動く、烏羽色の瞳は、いつもきらきらとしていた。
 わたしがカムリに興味を持ったのには、もうひとつ理由がある。
 カムリの周りには、いつも誰かしらがいた。少ないときはひとりだったけれど、多いときには、カムリの周りに三重ものひとの輪ができていた。
 カムリがいつも蹲っていたのは、場末のしみったれたパブの隅であった。どうやらそこの主人が、カムリの面倒をみているらしかった。
 カムリはここで働いてるのかい。わたしが尋ねると、主人は大げさに首をふった。
 とんでもない。日がな一日、あすこにああして座ってるよ。だけどカムリがいると、自然と客がくるからね。それだけで大助かりだ。正直なとこ、俺だってカムリにいてほしいんだ。
 そう言って主人は照れ臭そうに笑った。
 なるほどカムリは、ひとを惹きつける子どもであった。カムリの何がそれほど魅力的なのか、わたしは疑問に思った。すると主人はにやりと笑った。今夜あたり、ほら、ここいらに座って聞いているといいさ。
 その晩、カムリの周りには三重の輪ができた。耳をそばだてると、どうやらひとりひとり順繰りに、カムリに話をしているらしい。今日店で会った娘がかわいかっただの、このままじゃ家賃が払えないだの、来週ようやく国へ帰れるだの。語られる話は様々であった。大騒ぎしてふれてまわるほどではないけれど、誰かに聞いて貰いたい。そんな話をカムリにしている。どうやらそういうことらしかった。カムリはそれに特別反応を返しはしなかった。無表情なまま、時折瞬くだけであった。けれど烏羽の瞳だけは相変わらずきらきらしていて、それが瞬くたびに、何か重要なことばを告げているかのような気になるのであった。何よりその目はまっすぐ話し手を見つめていたから、話す方としては、ひどく心地がよい。そんなわけで、誰もがカムリに話を聞いてもらいたがるのだ。ふと目をこらすと、輪の中ほどに、主人も混じっていた。


ゆえなき衝動


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